鴨下さんはカンチャナブリーに泊りがけで行くということで、朝別れる。
今日は日曜日であり、バンコク北部のチャトゥチャックにおいてウィークエンド・マーケットが行われる日だ。
ウィークエンド・マーケットは土日だけ開かれる大きなマーケットで何でも手に入るらしい。
そんなことを言われたら、何としても行きたくなってしまう。
帰国までのスケジュールを考え、カンボジアに滞在する日程を短くしてまでバンコクに早く戻ってきたのだ。
期待に胸を膨らませ、マーケットへ。
アクセスは、カオサンからであれば、バスで1本でアクセスでき、とても楽だ。
それ以外にもBTSなど様々な方法で来ることができる。
ウィークエンド・マーケットに入ってみると、確かに凄まじい人混みである。
衣料品から土産物、ペットにアンティークなど、何から何まで揃っている。
観光客もちらほら見かけることが出来るが、大半は地元の人で、一家総出で買い物に来ているようだ。
色々な店を冷やかして歩くのが面白い。
気がつくと何時間も飽きもせず歩き回っていた。
疲れたので、休憩する。
ここは、食堂にカフェと休憩場所にも事欠かない。
ただ、食堂の横で鶏とかを売っていたりするので、衛生面には疑問符がつくが…。
ウィークエンド・マーケットは元から値段を安くしているためか、あまり値引きは期待できないが、とても楽しむことが出来た。
お土産を買うのにも適しているのではないか。
暑かったけど、楽しかったー。
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- 2008/03/31(月) 00:10:52|
- 旅日記2004夏(中国・四川省→チベット→ネパール→タイ→カンボジア→タイ)
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バンコクまでの戻りも陸路で行くことにするが、行きでピックアップ・トラックは懲りたので、旅行会社主催のバスでカオサンまで行くことにする。
ジャスミン・ゲストハウスのスタッフに見送られ早朝に出発。
しばらく走ると、突然バスが止まる。
どうやら故障してしまったらしい。
15分ほどの応急処置で、直ったとのことでまた出発。
さらにしばらく走り、シソポン近くになって、またもバスが止まってしまう。
どうやら完全に壊れてしまったらしい。
ドライバーが手配をし、急遽代車が来た。
しかし、代車と言ってもバスではなく、ピックアップ・トラック…。
まさかの展開である。
ピックアップが嫌でバスツアーを申し込んだのに、またピックアップに乗る羽目になってしまった。
ただ、今回は、他の人も皆ツーリストということで不安はなく、また昼間で晴れていたので楽しく進むことが出来た。
ポイペトでピックアップ・トラックを降り、シェムリアップからバンコクへはタイの楽なバスで移動。
バンコクが近づくにつれ、高層ビルなども見えてきた。
コンビニがあると、なぜかホッとしてしまう。
トラブルがあったもののカオサンには夕方には着き、鴨下さんと部屋をシェアすることにする。
タイは楽なのがうれしい。
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- 2008/03/30(日) 21:15:31|
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自転車を借りて、アンコール遺跡以外のシェムリアップの名所を巡ることにする。
まずは、キリング・フィールドに向かう。
ここシェムリアップでもプノンペンほどの数ではないもののポル・ポト時代にクメール・ルージュによる大虐殺が行われていたらしく、その場所がキリング・フィールドと呼ばれている。
カンボジアに来たので、ぜひとも訪れてみたい場所だった。
本当はプノンペンに行くと、さらに展示なども充実しており、より深く理解できるとのことだが今回は時間の関係で断念。
人骨が塔に納められており、悲惨さを感じることが出来た。
ここの敷地内には、小学校が作られており、子どもたちが学んでいる。
見学していると、教師の人に突然話しかけられた。
「明日来てぜひ子どもたちに教鞭をとって欲しい」
とのことであり、良い経験かなと思ったのだが、残念ながら明日にはタイに戻る予定であり、またつたない英語で教鞭を取れる自信もない。
丁重にお断りした。

次に、地雷博物館に行ってみることにした。
ここは、アンコール遺跡のゲートを通らなければいけないのだが、遺跡には行かないと伝えれば通してくれる。
地雷博物館は、現在地雷撤去をボランティアで行っているアキー・ラーさんが地雷の悲惨さなどを伝えるために開いているもので、日本でもかなりメディアなどにも取り上げられている場所である。
地雷に関する展示が多くされている他、Tシャツなどの土産物も販売されている。
土産で得た利益は、地雷によって両親を失ったり、体の一部を失ってしまった子どもの養育費に当てられているとのことであり、せっかくなので寄付のつもりで購入してみてもいいかもしれない。

一度町中に戻り、戦争博物館へ向かう。
戦争博物館は、戦車や火炎放射器など様々な平気が無造作に陳列されている博物館である。
受付の子がとても親切だったのが印象に残った。

オールド・マーケットにも行ってみることにする。
食料品から衣料品、土産物など何でも売っている市場で市民の生活を垣間見ることが出来た。
この帰り道、前のおばちゃんについて自転車をこいでいるとなぜか警官に止められる。
どうやら一方通行無視らしい。
カンボジアでは、自転車も一方通行があるようだ。
そんなの知らん…。
US5$の罰金を払わせられた。
が、これは本当だったのか未だに疑問。
ただのインチキ警官だったりして。

ゲストハウスに戻り、ジャスミン・ゲストハウス主催のトンレサップ湖サンセット・ツアーに参加することにする。
バイタクをチャーターしていくこともできるのだが、途中の検問所で高い料金を払う必要があるらしく、ツアー参加が無難らしい。
トンレサップ湖は、雨季と乾季で面積が大きく変化するらしいのだが、現在は雨季であり、まるで海のような広大な面積を誇っている。
ボートに乗って移動しながら、多くの水上家屋を見ることができた。
また、子どもが洗面器に乗って、湖上を移動しているなど微笑ましい風景を見ることができた。



ゲストハウスに戻ると、キムさんが
「カンボジア最終日にもう一度カンボジア鍋を食べに行こう」
と誘ってきた。
とてもおいしかった鍋なので、ぜひとももう一度食べたく行くことにする。
キムさんとは、見学中に料金の折り合いがつかず少しギクシャクしてしまったが、決して悪い人ではなかった気がする。
アンコール・ビールを飲んで、バイヨン・ビールも飲んで、鍋を食ってとカンボジア最終日を満喫することが出来た。

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- 2008/03/30(日) 15:30:57|
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アンコール遺跡群観光最終日、今日でチケットの期限が切れるため、勢力的に周ることとする。
ただ、昨日バイタク・ドライバーのキムさんと揉めて、関係がギクシャクしているのが問題。
でも、まあ観光には関係ないので、とりあえずカンボジアに来たからにはなるべく多くの遺跡を見ようと思う。
まずは、ロリュオス遺跡群に行く。
ここでは、ロレイ、プリア・コー、バコンを見学。
これらは、アンコール遺跡と比べるとレリーフが多少異なるが、遺跡自体の外観は似ている。
観光客の少なさなどは良かったが、さほど印象に残るものはなかった。
強いて言えば、バコンが良かったような。


次に、外回りコースへ向かう。
まずは、プレ・ループへ行く。
ここは遺跡自体がというより、頂上からの眺めのよさが印象に残った。
次いで、東メボン、タ・ソム、ニャック・ポアン、プリア・カンと見学をする。
ニャック・ポアンは他の寺院と外観が異なり楽しむことが出来たが、やはりアンコール・ワット、バイヨン、ベンメリア、タ・プロームのような強烈な印象を与えてくれるほどの遺跡はなかった。



ニャック・ポアン遺跡で、同じジャスミン・ゲストハウスに泊まっているらしき人に会い、話しかける。
彼は、鴨下さんと言い、休暇を利用してカンボジア、タイを旅行する予定らしい。
やはり、彼もバイタク・ドライバーと料金面でうまくいっていないようであった。
カンボジアでの料金のいざこざは仕方がないのかもしれない。
外回りコースの見学も終わり、今日の予定は終了だが、最後にアンコール・ワットをもう一度見たいなと考える。
せっかくなので夕日に染まるアンコール・ワットを見たいなと思い、夕方に行くことにする。
今日は、キムさんとは雰囲気が悪い状況で過ごしており、ほとんど口もきいていない。
そんな中、彼が
「夕方まで時間があるから自分の家に行きたい」
と言い出す。
まあ、カンボジアの田舎を見れるのも良い機会だと思ったので行くことにする。
アンコール遺跡郊外の田園地帯に彼の家はあった。
彼の家に着くと、彼の一家が大歓迎してくれる。
両親からはじまり、兄弟まで歓迎してくれ、その場でカンボジア製麺を作り始めてくれた。
お米を餅をつくように杵でつき、餅のようにまとまったら、底に穴が開いている缶に入れて麺状にするというものだった。
麺はとてもおいしかったが、塩をつけて食べるのでちょっとしょっぱかった。
が、この麺を麺汁につけて食べたらどんなにおいしいだろうかと感じた。
わずか30分足らずで、麺を作れるのかと驚いた。
キムさんの家族はとても良い人たちだった。
ただ、相変わらずキムさんとはギクシャクしており、彼は自分の家に行って昼寝していただけだったけれど…。
ただ、家族はとても良い人だったので、ゲストハウスに戻った後、日本から持ってきていた日本製のキャンディーを大量にあげた。
親戚含め子どもが大量にいたので、とても喜んでくれたようだった。
やっぱり日本製のキャンディーはおいしいんだろうなぁ。




そんなこんなで過ごしているうちに、夕方近くになり、アンコール・ワットを見に行くことにする。
途中、アンコール・ワットに向かっていると突然スコールが降り始める。
凄まじい勢いで、バイタクに乗っていると、体に針を突き刺されているようにものすごい痛い。
あまりの痛さに、我慢できずしばし雨宿り。
しかし、どうしてもアンコール・ワットはもう一度見ておきたかったので、小降りになったところで再出発。
服もすべてぐちゃぐちゃになりながら到着する。
参道を歩き、中に入ってみると、なんとアンコール・ワットの後ろに虹が出ている。
カンボジアに来てから天気に恵まれず、どの遺跡を見に行っても空は厚い雲に覆われており、満足行く写真を撮ることが出来なかったが、最後の最後に最高の瞬間を見ることができた。
聖池では、こどもたちが水遊びをしており、その光景と虹を合わせて写真を撮る。
とても美しい光景であった。
体中ずぶ濡れで、かばん等もびしょ濡れだけれども、気分爽快である。
アンコール・ワットはなんとすごい遺跡なんだろう。

宿に戻り、服を着替えてから、先ほど会った鴨下さんらと夕飯を食べに行くことにする。
ツアー客が良く利用するという川沿いのレストラン・サマピアップに行ってみる。
ここははじめは単品のメニューしか見せてくれないのだが、頼むとツアー客用のセットメニューも見せてくれる。
セットメニューはだいたい1人US5$くらいでボリュームも満点である。
1人US5$ということは、カンボジアでは高級レストランなので、食べている間はビールを注いでくれたり、ご飯をよそってくれたりとサービスも抜群であった。
ゲストハウス・ジャスミンに戻り、レセプション横のビリヤードをやることにする。
もちろん無料なのだが、台が傾いているため相当に運が重要となる。
ただ、勝負云々ではなく、とても面白かった。
旅先で偶然出会った人と、飲んだり、遊ぶのは面白い。
ビリヤードの途中、ジャスミンのオーナーのクンが教えてくれたのだが、ジャスミンの横は置屋(所謂売春所)になっているらしい。
ものすごいぼろい小屋で昼間だと物置のように見えるが、夜になると確かにピンク色の明かりが中から洩れている。
さらに、ジャスミン・ゲストハウスのレセプションは2階にあるため、2階から見下ろすと中が丸見えである。
日本人の客がいることが多いのだとか。
カンボジアは物価が安いので、日本人が観光目当てでなく、置屋目当てで来ることも多いのだとか。
チベットで会ったジュン君もたぶんこういうところばかり行っているんだろうなあ。
こんなくだらない会話をしつつ、ビリヤードも続け、気がつけば24時を回ってしまった。
明日は、市内観光でもしようかなと考える。
そうそう、キムさんには全観光終了後に、キムさんの家族への日本のキャンディーを渡すついでに、チップとして追加料金をいくらか渡してあげた。
チャーター料金に関しては、高すぎず、安すぎずの適切な値段だと思っていたので、今後利用する日本人のために、自分(バイタクのドライバー)が主張したら、絶対に日本人はお金をくれるとは思われたくなかった。
そのため、あくまでもこれはチップだからと強調しておいた。
確かに、雨の中も走ってくれたし、総合的には良くやってくれたと感じたので。
それにしても、バイタク・ドライバーにも気を使わなきゃならないなんてカンボジアは疲れる。
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- 2008/03/29(土) 22:28:34|
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アンコール遺跡群観光2日目、バンテアイ・スレイと外回りコースを巡る予定とし、朝ゆっくり起きて観光開始。
まずは、バンテアイ・スレイに向かう。
シェムリアップから1時間ちょっと。
距離は40kmくらいらしい。
少し距離は長かったが、道も舗装されており、バイタクでもさほど苦にはならなかった。
が、ゆっくり起きたためか、団体ツアー客でごった返しており、見学どころではない。
ここは元々規模は大きくはないが、「東洋のモナリザ」と言われる美しいレリーフで有名な遺跡である。
しばらく、待ってみたが団体が引く気配は全くなく、見学もそこそこに断念する。

外回りコースの見学に行こうとすると、バイタク・ドライバーのキムさんがベンメリアに絶対行くべきだと言い張る。
しかし、元々ベンメリアに行く予定はなく、距離も伸びるためバイタクチャーター料も大きく変わってきてしまう。
結局、10US$プラスするということで納得し、ベンメリアまで行くことにする。
ベンメリアは、アンコール・ワットに来る前に友人から行ったほうがいいと聞いており、気になっていた遺跡だ。
ベンメリアは、バンテアイ・スレイよりさらに40kmほど進んだ場所にある。
なぜはじめから行く予定に入れていなかったかというと、まず道が舗装されておらず、バイタクでは厳しいというように聞いていたためである。
また、山裾を迂回することから山賊に襲われることがしばしばあるという話も聞いていた。
さらに、ベンメリア一帯はまだ地雷が撤去されていないとガイドブックに書かれているのも目にしていたためである。
しかし、キムさん曰く、道はともかく、今は山賊は出ないとのこと。
周りのガイドに聞いても、一様にそのような答えなので行ってみようと考えた。
バンテアイ・スレイからメインロードを外れる方向に向かう。
すると、すぐにカンボジアらしい赤土の一直線の道になってきた。
舗装はされておらず、いたるところに段差があり結構跳ねる。
さらに、バイタクの2人乗りで、そのような悪路を時速100km以上出すのでかなり怖い。
もし、ドライバーが転んだらイチコロだな…なんて考えたりも。
安全面を考えると、あんまり良い選択ではなかったかもしれない。
が、それなりに楽しいのも事実である。

1時間半ほど走り、ベンメリアへ到着。
ここまで来ると観光客もかなり少なくなり、ゆっくり見学できる。
土産売りの子どももいなく、どちらかというと素朴な人々を見ることができた。
ベンメリアの遺跡自体は、タ・プロームを大規模にしてもっと破壊したようなイメージ。
ポルポト派などにより破壊されたらしいのだが、ほとんど修復されていないため、一部は瓦礫の山になっている。
また、アクセスなども確保されていないため、瓦礫を乗り越えたりしなければならない。
それもまたこの遺跡の良さである。
ひっそりとした雰囲気の中で、自分1人で廃墟と化した遺跡を進んでいく。
苔に覆われた遺跡巡りを満喫することができた。
途中、カンボジアの少年が蛇を見つけて教えてくれた。
ベンメリアには猛毒の蛇がいるらしく、噛まれたら大変とのこと。
でも、瓦礫をよじ登る必要のある遺跡なので、結局は運次第かもしれないなと感じた。
他のアンコール遺跡とは違い、修復されていない遺跡もまた趣があるなと思いながら観光を終える。



シェムリアップに戻りがてら、一ノ瀬泰造の墓によって見ることにする。
一ノ瀬泰三とは、カンボジアに没した戦場カメラマンである。
浅野忠信主演の「地雷を踏んだらさようなら」という映画でも話題になった。
ただ、実際にはシェムリアップニは一ノ瀬泰三の墓はないらしく、遺族が関わっていないどころか骨すら埋まっていないとのこと。
カンボジア人が勝手に墓石を作り、見学者から寄付金を取っている(騙し取っている)だけだとのことである。
そのため、まったく寄る意味はなかったのだが、何となく行ってみたいなと思ってしまった。
行ってみると、案の定1US$要求された。
が、この時点ではもしかしたら墓は本物かもと思っていたため、つい払ってしまった。
失敗…。

15時頃であったが、もうゲストハウスに戻ることにする。
ここで、キムさんとの間にチャーター料でトラブルが発生してしまった。
元々、3日間チャーターするという約束であり、
1日目 内回りコース
2日目 外回りコース+バンテアイ・スレイ
3日目 ロリュオス遺跡群
を周るという約束で、トータル金額を決めてあった。
しかし、今日突然の提案でベンメリアにも行くことになり、その際10US$の追加という話で合意していた。
自分自身では、
1日目 内回りコース
2日目 バンテアイ・スレイ+ベンメリア
3日目 ロリュオス遺跡群+外回りコース
というスケジュールに変更になって、お金は10US$追加だと考えていた。
しかし、彼の解釈は、2日目に対しての10US$追加であり、3日目は当初のロリュオス遺跡群見学に加えて外回りも行くのだから、もっとお金が必要とのことであった。
しっかり、交渉したつもりだったのだが、失敗してしまった。
当然、こちらも引くつもりはないが、揉めるのがかったるい。
ただ、これに関しては、彼がボッタくろうとしたのではなく、解釈の違いかなとおもうことで少しは納得してあげようかなとも考えたが、それほど自分は出来た人間ではないようだ…。
とりあえず、追加料金は払わないということで押し通す。
ガイドブックを見ても、決してボラれてもいないが、値切りすぎてもいないと考えたからだ。
外国での交渉は難しい…。
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- 2008/03/29(土) 10:56:18|
- 旅日記2004夏(中国・四川省→チベット→ネパール→タイ→カンボジア→タイ)
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早朝起きて、アンコール・ワットの日の出を見に行くことにする。
昨日の疲れも抜けた気がしないが、1日でも早く見てみたかった。
バイタクに乗って、アンコール・ワットへ向かう。
前日にバイタク・ドライバーに頼んでおいたのでちょうど良い時間に出発。
ゲートで3日間パスを購入し、期待を膨らませながらアンコール・ワットへ。
辺りはまだ真っ暗だが、人がたくさんいる。
その多くが日本人のようだ。
まるで日本の観光地に来たようですこしがっかりしてしまった。
真っ暗な中アンコール・ワットの参道を進んでいく。
聖池の辺りから見ることにした。
空がうっすらと明るくなってくる。
空が紫色から赤色に染まっていく様子を見たくずっと粘っていたが、空が美しい色に変化することはなく、やがて空が明るくなってしまった。
今日は曇りであり、残念ながら素晴らしいサンライズは見れなかったようだ。
天気のことは仕方ない。
アンコール・ワットをこのまま見学してしまう方法もあるが、午前中は逆光になってしまうということで、他の遺跡を巡ることにする。

今日からアンコール遺跡群を巡るために、バイタクをチャーターすることになるが、泊まっているジャスミン・ゲストハウス専属のドライバー・キムさんに任せることにする。
彼は日本語がかなり堪能である。
バイタクでは、料金に関してかなり揉める可能性が高いと聞いていたので、日本語も話せ、誠実そうな彼に頼むことにした。
本日は内回りコースということで、アンコール・トムから巡ることにする。
アンコール・トムの入り口の南大門も大きな見所の一つであり、一度降りて見学する。
ただの入り口であるにもかかわらず、迫力を感じる美しいデザインであり、アンコール遺跡群に対してとても期待が高まってくる。
アンコール・トムではバイヨン近くの食堂でバイクを降り、歩いて見学することにする。

まず「宇宙の中心」とも言われるバイヨンを見学する。
バイヨンには多くの四面仏の像があり有名であるが、壁一面に描かれたレリーフもとても美しい。
12〜13世紀にこれらを築くことができたクメール王朝はどれほどすごい技術を誇っていたのだろうか。
まだ早朝であり、あまり観光客もいないので、ゆっくりと見学する。
次いで、バプーオンや王宮(ピミアナカス)、プリア・パリライ、ライ王のテラス、象のテラス、クリアンなどのアンコール・トムの他の遺跡を見学。
しかし、バイヨンの印象が圧倒的に強かったため、他の遺跡はややどうでもよく感じてしまった。


見学を終えた後、朝方とは言え多少暑く、疲れたので休憩する。
この際、水を購入したのだが、飲んでみるとやや臭い気がする。
値段が安いものを購入したのだが、カンボジアの一番安い水(白い透明ではないボトルに入っているもの)はミネラル・ウォーターでなく、ただの煮沸水だということが判明。
だから変な臭いがしたのだろう。
まあ、安いから構わないんだけど。
しばし休んだ後、アンコール・トムの勝利の門を抜けてトマノンへ向かう。
こじんまりした雰囲気であり、すぐ見学を終える。

次にタ・ケウを見学。
ここは、他の遺跡よりゴツゴツしており、見た目がかっこいい。
建築途中で雷の影響で中断してしまい、未完のままらしいが、そのせいだろうか。

さらに移動し、タ・プロームへ。
もう既に似たような遺跡ばかりであり飽きてきてしまった。
が、ここまで来たのだから見るしかない。
この遺跡は、宮崎駿のアニメ”天空の城ラピュタ”のモデルになったと言われている。
確かに入ってみると、映画で見たような風景が広がっている。
この遺跡では、巨大な木が遺跡に絡みついている異様な光景を目にすることができ、迫力がある。
かなり倒壊してしまっている部分も多いが、それもまた趣がある。
アンコール遺跡群の中でもメインの一つではないだろうか。


タ・プローム見学後は、目の前にあるバンテアイ・クディを見学。
典型的なアンコール遺跡なのだろうが、既に見飽きてしまった感じもする。
ついでに、横にあるスラ・スランも見学する。
昼食を食べた後、プラサット・クラヴァンを見学し、いよいよアンコール・ワットへ向かう。
もう昼を過ぎたので、逆光ではなくなっている。
相変わらずの人手だが、とにかく素晴らしい遺跡である。
遠めに見た外観も美しく、近寄ってもレリーフもまた素晴らしい。
このデザインは一体なんだろうか。
とにかくすごいの一言である。
こんなに美しい遺跡があるとは思わなかった。
想像以上である。
2時間以上をかけゆっくりと見学する。
レリーフが多くあるのだが、「ラマヤーナ」「マハーバーラタ」などそれぞれテーマに沿って描かれている。
ゆっくりと見学する価値は充分にあると感じた。


夕方も近くなってきたので、プノン・バケンからアンコール・ワットの夕日を見に行くことにする。
ここがサンセット・ポイントの第一人気らしい。
プノン・バケンはちょっとした山になっており、かなりの急坂を登ることになる。
登りはともかく、日の入後暗くなってからはかなり注意して歩く必要があると思われる。
ただ、US10$以上とカンボジアにしてはかなり破格であるが、お金さえ払えば象に乗って上まで行くこともできるらしい。
およそ60m登り、プノン・バケンの頂上に着くと、アンコール・ワットを見下ろすことができた。
森に浮かぶアンコール・ワットもまた素晴らしい。
残念ながら、日の沈む方向には雲が分厚くかかっており、きれいな日の入を見ることはできなそうだったので、暗くなる前に戻ることにする。

夕方宿に到着する。
夕飯は、バイタク・ドライバーたちとカンボジア鍋を食べに行く。
カンボジアにしては値段は少し高いのだが、絶妙な味である。
タイスキと材料はほぼ同じなのだが、麺や野菜、肉などいろいろなものを混ぜ独特の香辛料で煮込むので少しだけ味が違う。
いくらでも食べたくなるほどの美味であった。
ドライバーと明日の約束をして宿に戻る。
アンコール遺跡群を見学して感じたのだが、とても土産の客引きが多い。
多くはまだ小学生低学年くらいの子どもたちなのだが、とにかく至るところに居り結構しつこい。
はじめはかわいいなとも思っていたのだが、見学中は常に付きまとわれるので観光している気がしないし、だんだん疲れてくる。
さらに残念なのは、しばしばこの子どもたちが盗みを働くという話を聞いたことだ。
実際、昨日自分自身もお金を盗まれている。
貧しさと観光大国という状況からこのようなことが起きてしまうのかもしれないが、残念である。
もちろん、全員が盗みを働くわけではなく、とてもかわいい子どもも多い。
でも、土産エリアを決めるなどある程度の措置はとるべきではないかなとも感じた。
いや、でもこの雰囲気こそカンボジアなのかもしれない。
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- 2008/03/28(金) 22:43:06|
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カオサンから直接ツーリストバスでシェムリアップに向かう方法もあったのだが、何となく列車で行くというものに惹かれ、個人で行くことにする。
ホアランポーン5:55発の列車に乗り、アランヤプラテートへ向かう。
途中から田舎の風景を楽しみ進む。
社内はガラガラだったので、3等だったが座席上で横になって眠ることもできた。
ただ、社内にはゴキブリが走っているなどちょっと衛生面で問題はあったのかも。
タイのゴキブリは大きい。
沖縄のものも大きいと聞いたことがあるが、それより凄いのかもしれない。
黒光りしていて、大きく、人をあまり恐れないのか、ゆっくりと歩いている。
そんなこんなで、5時間半ほどの列車の旅を終え、アランヤプラテート駅に到着する。
ここから国境まではちょっと離れているのでモーターサイで移動。
国境横には大きなマーケットがあり、少し見学したい気もしたが、シェムリアップに夜遅くなって到着したくなかったので、先を急ぐことにする。
カンボジア・ビザは国境で即時取得可であったが、国境では賄賂を要求されるとのことでバンコクでとるのが無難との情報を聞いていた。
案の定賄賂を要求され、1000Bのはずが1200Bとられる。
「1000Bだろ」
と言っても、相手が聞く耳を持たないのでどうしようもない。
これがカンボジアなのかといった感じ。
カンボジア側に入った途端に、道路の舗装がなくなり、町の柄も一気に悪くなった。
カンボジア側の町ポイペトは、現在はカジノで栄えているらしいが、カジノと言ってもラスベガスやマカオのような綺麗な建物が並ぶわけではなく、ぼろい建物が並んでいるだけである。
また、この町は治安が良くないらしく、面倒なことは嫌なので、一気に通り抜けてしまいたかった。

ポイペトからシェムリアップへは、ピックアップ・トラックで行くことができると聞いていた。
ただ実際に国境を越えてみると、ミニバスも運行されているようであった。
おそらく、列車の時間に合わせてツーリスト向けに運行されているのだろう。
素直にツーリスト・バスに乗ればよかったのだが、何となく冒険心が出てピックアップ・トラックで行ってみたいなと思ってしまった。
今、考えればこれが大失敗の始まりなのだが。
バスの横にピックアップ・トラックがおり、
「いつ出発するのか?」
と尋ねると、
「すぐに出発する」
との答えが返ってくる。
さらに、
「ツーリスト・バスは速度が遅いから駄目だ。ピックアップのほうが早く着く。」
とのこと。
素直にこれを信じてしまい、ピックアップに乗り込む。
どうやら満員にならないと出発しないらしいが、それまでには相当時間がかかりそうな気がする。
しかしドライバー曰く
「すぐに集まるから気にするな」
とのことであった。
他の客を待っている途中、
「お前は、カンボジアの金を持っていないだろう」
とのことで、両替所に連れて行かれるが、あからさまにレートが悪く両替を拒んだ。
この頃から、騙されていることに気づいていたのだが、既にバスは出発しており、頻発していないようだったので、諦めてこのまま向かうしかない。
結局、ずーっと待たされ、出発したのは15時半頃であった。
既にツーリスト・バスが出発してから3時間は経過している。
出発する際に、乗り込んでいる人全員の料金を徴収された。
あまり信用できそうでなかったので、わざと全員の乗客の前で料金を払い、払った払っていないで揉めるのを防ごうと考えた。
また、行き先もシェムリアップまでダイレクトであるということをしつこく確認しておいた。
ようやくピックアップ・トラックが出発した。
ピックアップ・トラックはただのトラックの荷台に乗っているわけだが、超満員であり、必死につかまっていないと落ちてしまいそうである。
実際足を少し動かす隙間もないほど。ぎゅうぎゅう詰めであり、さらにカンボジアの悪路も重なってかなり辛い。
カンボジア特有の赤土も否応なしに飛んでくる。
また、カンボジアはまだ治安が良くないと言われており、ちょうど数日前にも強盗に襲われ、ツーリストが殺されたと聞いていた。
実際、ピックアップ・トラックが出発して、しばらく進んでいるとあちこちに「銃を返却しましょう」とか「AIDSに気をつけろ」と言ったような看板がある。
ストップ・エイズの看板は見たことがあったが、銃を返却しましょうというのは初めてであり、この国の現状を表しているなと実感できた。
もう今更どうしようもないのだが、最悪な国だと第一印象は最低になる。
2時間弱走り、シソポンに到着する。
するとドライバーが
「ここまでで乗り換えろ」
と言い出す。
あれだけ、シェムリアップまで直通だと聞いていたのにである。
さらに
「料金を払え」
とまで言い出す始末。
もう既に払っている。
当然、イライラが限界に来ていたので大喧嘩をし、ちょうど近くにシェムリアップ行きのピックアップ・トラックが来ていたのでそれに乗り込む。
先ほどのドライバーが
「料金を払え」
としつこく迫ってくるが、断固払わず、怒鳴りあい。
シェムリアップ行きのドライバーに事情を説明したところ、納得してくれ、先ほどのドライバーを追い払ってくれた。
今度のドライバーの方がまともそうである。
結局、シソポンでも客待ちをすることになり、1時間ほど時間が遅くなる。
この時点で19時頃になり、既に辺りは真っ暗である。
シソポンに泊まってしまおうかと考えたが、早くシェムリアップに着きたい気持ちが強く、先に進むことにする。
夜に、ピックアップ・トラックで進むということで治安に大いに不安があったが、もう今更である。
シソポンで客待ちをしていると、ドイツ人のサラと言うツーリストが同じピックアップに乗り込んできた。
彼女も同じような経緯を経て、シソポンにいるらしい。
結局、ピックアップを利用しようとすると同じような経験をするようだ。
何にせよ、ツーリストがいたというのは心強い。
さらに、途中から日本語が話せるカンボジア人が乗り込んできた。
学校の先生をしているらしい。
治安について尋ねると、
「今はかなり落ち着いているから心配する必要はない」
とのこと。
信用するしかない。
シソポンを出発し、いよいよシェムリアップに向かう。
途中、スコールのような大雨が降ってくる。
当然屋根はないので、びしょびしょ。
さらに赤土が飛んでくるのでどろどろ。
もうどうでもよくなってきた。
ただ、今回は同乗者に恵まれたため、会話をしながらであり、それなりに楽しむことができた。
途中、シェムリアップに近くなってきたところで少し休憩があった。
もう喉もカラカラでありジュースを購入するが、ここでまたハプニング。
小学生くらいの子供が売っていたのだが、手品のように500B札を盗まれてしまった。
細かいお金を探そうとしている最中に、ほんとに一瞬で500B札が消えてしまったのだ。
ここまできた疲れと、そろそろシェムリアップに到着できるという油断もあったのだろうけれど、嫌な国だ。
どんどんこの国が嫌いになっていく。
さらに30分ほど走り、ようやくシェムリアップに到着。
ピックアップ・トラックが停車したところにホテルの客引きがたくさん集まってきた。
サラと同じホテルにいこうかということで一緒に向かう。
ホテルの当てもなかったし、これ以上夜1人で移動するのも相当に億劫だったからである。
結局、到着は22時くらいになってしまった。
本当に疲れた。
でも、シソポンからは同行者がいて本当に助かったと思う。
街灯も全くなく、夜道で、スコールに打たれ、泥が飛んできて…とまさに地獄である。
あぁ、疲れた。
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- 2008/03/24(月) 20:52:06|
- 旅日記2004夏(中国・四川省→チベット→ネパール→タイ→カンボジア→タイ)
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スコータイからバンコクへのバスを待っていると、日本人2人組に話しかけられる。
どうやら2人もバンコクへ向かうらしい。
カオサンに泊まるとのことで、バンコクのバスターミナルに着いたらそこから一緒にタクシーを割り勘にしようかという話になる。
バンコクのバスターミナルには、24時頃に到着。
タクシーを探すより前に、カオサンに行くバスを発見。
バンコクのバスは24時間運行とのことで、この点では東京よりすごい。
日本も本数は減らしても、24時間運行にすれば便利なのに。
ということで、バスに乗って移動。
カオサンには24時半頃到着した。
ちょうどバスで乗り合わせた2人組が、3人部屋があるホテルを知っているということで行くことにする。
既に、受付は閉まっていたが、警備員のおじさんに入れてもらう。
チェックインした後、屋台へ行き飯を食べる。
既に25時を過ぎているのに、屋台がたくさん出ているところもバンコクの凄さ。
1人でこんな時間だと凹みそうだけれど、運良く日本人に出会えてラッキーだった。
翌朝、2人はパタヤへ移動するということで、別れる。
気さくでとてもいい2人だった。
旅行に行くと、関西人に出会う確率が高い気がする。
そして、総じて気さくである。
性格の違いだろうか。
今日はバンコクの目玉、ワット・プラケオ、ワット・ポー、ワット・アルンを見学することにする。
カオサンから歩いていける距離であり、バンコク最大の見所だろう。
王宮があるエリアに行ってみると、ものすごい混みである。
日本人ツアー客を中心とした団体が大挙して訪れている。
まずは、ワット・ポーに行ってみることにした。
巨大寝仏があり、タイ最初の大学として知られるこの寺院。
マッサージも受けることができるらしい。
寝仏だけかと思いきや、意外に敷地は広かった。
寝仏も予想を超えた大きさであり、金色で輝いている。

次にワット・アルンへ向かう。
ここは三島由紀夫の小説「暁の寺」の題材になったことで有名らしい。
ワット・プラケオの裏側からボートに乗っていくことができる。
チャオプラヤー川から眺めるこの寺院は本当に美しい。
決して規模は大きくないけれど、とても満足できた。
すごく画になる寺院である。
暑さで、疲れてきたのでゆっくりと見学。
往復のボートも水しぶきが心地よかった。

最後にワット・プラケオ、王宮へ向かう。
相変わらずの大混雑であるが、それにふさわしい美しい寺院である。
ここは本堂に納められている仏像がエメラルド色をしているため、エメラルド寺院とも呼ばれているらしい。
実際に見学してみると、本堂よりも金色の仏塔や、多くの壁画に目を奪われた。
タイにしては、入場料がとても高く、あまり期待はしていなかったのだけれど期待以上。
プラ・シー・ラタナー・チェディ、プラ・モンドップ、プラサート・プラ・テーピドーンの3種の塔が並ぶ様子は壮観であった。
ワット・プラケオを見学後、引き続き多くの王宮を見学できる。
チャクリー・マハ・プラサート宮殿が王宮エリアの最大の見所だろうか。
美しい外観であった。




満足できる1日だったが、暑い中歩き回り相当に疲れた。
明日は、カンボジアに向かおうかなと考える。
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- 2008/03/23(日) 23:16:30|
- 旅日記2004夏(中国・四川省→チベット→ネパール→タイ→カンボジア→タイ)
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アユタヤからバスで6時間ほどかけて、スコータイに到着。
着いた当日はもう既に夕方だったので、翌日に遺跡群を鈴木さんと自転車を借りて巡ることとする。
ゲストハウスにチェックインした後、町歩きをする。
なんとなく予測していたけれど、ものすごい田舎。
ナイトバザールも想像をはるかに超えてしょぼく残念。
でも、田舎っぽさを感じることができたとも言えるかも。
翌朝、スコータイ遺跡まではソンテウで行き、そこで自転車を借りて観光。
20Bほどであったが、日本の自転車と比べてサドルが硬く少し乗りにくい。
まずは、城壁内のワット・マハータート、ワット・シー・サワイ、ワット・スラ・シー、ター・パー・デーン堂を巡る。
この中でも、一番の見所はワット・マハータートであった。
王室の寺院だったらしいが、写真を見て想像していたより小さかった。
ただ、考えてみれば大昔のものであるし当然なように思う。
城壁内の最後に、ラームカムヘン大王記念碑を見に行くが、ここでは現地女子学生がお祈りをしており、この遺跡が日常的と深く結びついているものであると実感できた。
スコータイ遺跡は、見学客もとても少なく、ゆっくり見学するのにもってこいの場所である。


次に、城壁外を巡る。
ワット・プラ・バーイ・ルアンを見学した後、ワット・シー・チュムへ向かう。
個人的には、スコータイではワット・シー・チュムが一番印象に残っている。
本堂の壁いっぱいにかなり大きな仏像か納められており、他の場所でもこのような仏像は見たことがなかったためである。
その後、しばらく、おそらく2km以上だったと思うが、自転車で走り、ワット・サパーン・ヒンへ。
ここからは、高台の上にあり、スコータイ遺跡を見渡すことができる。
最後に、象が仏塔の土台を支えているワット・チャーン・ロムと、かつてスコータイで一番の最高傑作があったというワット・トラパン・トーン・ラーンを見学。


かなりの距離を自転車で駆け回った。
満足して戻ることにする。
2人で話しながら自転車で巡ったので楽しく巡ることができたが、1人で黙々と見学するのは厳しかったかもしれない。
夕方のバスでバンコクに戻ることにする。
これで戻るとバンコク着が深夜なので、ちょっとどうしようか悩んだが、向かうことにする。
鈴木さんはチェンマイに向かうため、ここでお別れ。
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- 2008/03/23(日) 13:00:41|
- 旅日記2004夏(中国・四川省→チベット→ネパール→タイ→カンボジア→タイ)
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タイに着いて2日目、朝早くおきてアユタヤに向かうことにする。
カオサンからホアランポーン駅へ行けるバスがないようだったので、タクシーに乗ってしまうことにする。
いくらくらいするのか不安だったのだが、30バーツほどでカオサンから駅まで行くことができた。
かなり安く満足。
駅に着き、切符売り場へ行くと、すぐに列車は発車するということで乗り込む。
ホアランポーン駅を出発した後に列車は、ちょっとしたスラム街のような場所を通り抜けアユタヤに向かう。
1時間半ほどの列車のたびであったが、車窓を眺めているとあっという間に着いてしまった。
駅を出ると、トゥクトゥクの客引きが集まってくる。
中には法外な値段を言ってくる者や、日本人が書いたらしきノートを持っている者もいる。そのノートには法外なチャーター金額が書いてあるが、なぜかそれを書いている日本人はこのドライバーは親切ですとか書いてある。
どれだけ騙されやすい人なのだろう…。
自分の名前に住所まで書いている人もいたから驚きである。
行きたいゲストハウスは駅から1kmくらいであり、充分歩ける距離であったが、なんとなくトゥクトゥクにも乗ってみたくなり、客引きの中でも無難な値段を言ってきたドライバーのトゥクトゥクに乗ってみることにする。
たいした距離でなかったので、すぐに目的のゲストハウスに着いたのだがなんと改装中。
すると、トゥクトゥクのドライバーが日本人はP.U(ピーユー)ゲストハウスに泊まることが多いと教えてくれる。
当てもなかったので向かってみる。
1泊250バーツとのことで予算より高かったが、部屋を見せてもらうと、ダブルベッドでありすごくきれい。
ここに決めることにする。
チェックインしようとすると、さきほどのトゥクトゥクドライバーがやってきて、
「午後から遺跡案内をしてやるから、チャーターしないか?」
と言ってくる。
値段を聞くと、さほどボッタくられている様子もない。
自転車で遺跡を巡ろうと考えていたのだが、暑いし、なによりタイに来て自分の中で勝手にリゾート観光のような気持ちになっていたので、チャーターしてしまうことにする。
そう、ケチケチするだけでなく楽しまなければ!
ということで、午後に迎えに来てもらうことにし、ひとまず眠ることに。
何も気疲れすることなく、ぐたぐた旅できるタイは楽しい。
午後時間通りに先ほどのドライバーが迎えに来てくれ、遺跡めぐりに出発。
ドライバーが持っていたポストカードに載っている寺院全てに行くことにする。
まずは、木の中に仏像が埋まっているワット・マハータートへ向かう。
ここが、アユタヤで一番有名な寺院だろうか。
次いで、ワット・ラーチャブラナ、ワット・プラ・ラームを巡る。
どちらも意外に規模が大きく満足。
その後に、ワット・プラ・シー・サンペットを見に行く。
ここが一番仏塔としては見応えが合ったように感じた。
ここで、面白いことが起こった。
タイ人が突然500円玉を持って現れた。
「これはタイバーツに直すといくらですか?」
と聞かれ、何気なく
「150バーツくらいじゃない」
と答えると言ってしまった。
同じことを違うタイ人にも聞かれ、いったいなんだろうと思っていると、どうやらたまに500円を1500バーツの価値と勘違いする日本人がいるとのことであった。
もし、あの時1500バーツと答えていれば、両替してくれと言われたのだろう。
まあ、これに関しては自分で間違ってるんだから、騙されても仕方ないよなと感じた。
この後、ワット・プラ・モンコン・ボピットで綺麗な金ぴかの仏像を見て、ワット・ロカヤスタヤで28mもある寝仏を見学。
最後に、ワット・プー・カオ・トーンからアユタヤを見渡して見学を終える。
他にも、ガイドブックに載っている場所はあったのだが、基本的にどれも同じ形状であり、どうでもよくなってしまった。


トゥクトゥクドライバーに宿ではなく、川沿いにあるというレストラン「サイトン・リバー」で降ろしてと頼み、連れて行ってもらう。
まだ、夕方にもなっていないが、名物の手長エビ料理を食べながらビールを飲んで至福の一時。

夕方になり、日が暮れ始めたので宿に戻ろうかなと考え歩いていると、ナイトマーケットを発見。
ちょっと見物しつつ、宿に戻ろうと歩いていると、アユタヤのいくつかの遺跡がライトアップされている。
せっかくなので見に行くことにする。
3つほど見学できたが、ワット・プラ・シー・サンペットが一番綺麗であった。

辺りも真っ暗になり宿に戻ることにする。
バンコクと違いアユタヤはかなり田舎であり、夜になると街灯も少なく、本当に真っ暗である。
タイなのであまり治安の不安は感じなかったものの、ちょっと不安を感じながら夜道を歩いていると、事件が起こった。
昼間からずいぶん犬が多いなとは気になっていたのだが、犬が何匹も周囲に集まってきてしまったのである。
さらに、一瞬目が合った瞬間、吠え出し、どこからともなく他の犬まで集まってきてしまった。
目を合わせると吠え出してしまうので、必死に目をそらしながら、先を急ぐ。
結局6匹ほどの犬に遠巻きに囲まれ、しばらく追いかけられたものの、どうにか噛みつかれることなく宿に戻ることができた。
ホッとして、宿のロビーに行くと、日本人が数人いて話しかけられる。
なかなか面白い人たちで、ちょうどテレビで放送されていたアテネオリンピックを見ながら談笑。
明日、列車でアユタヤに行こうと考えていたのだが、その中の一人がバスで行くとのことで一緒に行くことにする。
彼は、鈴木さんと言い、学校の先生を目指している学生であるとのこと。
旅は道連れである。
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- 2008/03/22(土) 15:14:52|
- 旅日記2004夏(中国・四川省→チベット→ネパール→タイ→カンボジア→タイ)
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タイのバンコクへやってきた。
ロイヤル・ネパール航空でカトマンズからバンコクへのフライトとなったのだが、かなり揺れ、到着時には拍手が起こるほどであった。
入国手続きを済ませ、ドン・ムアン空港の外に出ると、南国特有のムッとした熱く湿った空気を感じたが、決して不快ではない。
むしろ心地よいくらいである。
まずは、安宿など何でも集まっているというカオサン・ロードに行ってみることにする。
空港のインフォメーションで訪ねると、エアポート・バスでカオサンまで行くことができるとのこと。
バスのチケット売り場でチケットを購入。
チケットを売ってくれる人のサービスが日本のようによかったことに感激。
さすが微笑みの国である。
空港からカオサンに来る間の景色は、まさに大都会。
大渋滞の状況など東京を超えているのではないかとも感じた。
途中、深田恭子や浜崎あゆみなど日本の芸能人の看板も見ることができ、日本の芸能人も人気があるのだと実感。
また、ネパールや中国との大きな違いは、セブンイレブンやファミリー・マートがまるで日本のように数多くある。
久々の大都会に嫌がおうにもテンションが上がってくる。
およそ1時間でカオサンに到着。
どこでもいいので、ガイドブックで安宿を探し、チェックイン。
今回はCH2という宿に泊まることにした。
ガイドブック曰く日本人が多いとのことだが、確かに入り口に日本人がたむろしている。
ただ、あまり雰囲気の良い日本人ではなかったため、話はせず。
チェックインした後、早速カオサンを歩いてみる。
昼間から多くの露店で賑わっており、活気がある。
焼きそば、焼き鳥、クレープなどの食べ物から始まり、スイカ、パイナップルなどの果物、さらにはTシャツなども売っている。
バックパックも大量に、それも日本では考えられないほど安く売っている。
(後で聞いたところ、壊れている可能性も高いらしく、自己責任で買う必要があるのだとか)
また、ネットカフェや写真屋(フィルムもネガであれば高品質で安く現像してもらえる)など、生活に必要なものはすべてそろっているといった感じである。
そして、カオサンにはマクドナルドにバーガーキングとファーストフードまである。
チベット、ネパールから来たので、とにかくそのようなジャンクフードに飢えており、またもテンションが上がってくる。
書くことがありすぎて、書ききれないほどに充実したところである。
それにしても、外国人比率が高い。
日本人に欧米人、韓国人、そして地元のタイ人などさまざまな国籍の人で溢れており、まさに無国籍な町である。
たしかに、これほど多くの店があり、食べ物も充実しているのならば旅行者も集まるはずである。
バックパッカーの聖地と言われる所以がわかったような気がした。
ネットなどをして、フラフラしていると日が暮れてきた。
20時頃になって、もう一度町を歩くと、屋外テラスでビールを飲んでいる欧米人やクラブの客引きなどで賑わい、昼間よりもさらに活気に溢れている。
タイ風焼きそばなどを食べながら歩く。
食べ物もまた絶品である。
とにかく楽しい、気分も良い。


タイという国。
まだ観光はしていないが、とても期待が持てそうな国である。
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- 2008/03/20(木) 17:29:47|
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カトマンズ盆地全体を見渡すことができ、さらに世界遺産にも登録されているというチャング・ナラヤン寺院に行ってみたく、朝からバスを乗り継ぎ向かってみた。
チャング・ナラヤン自体はものすごく小さな村といった様子で、素朴な感じもあり、良い雰囲気だった。
天気もよくカトマンズ盆地も見渡せたので、バクタプルに向かうことにする。
チャング・ナラヤンからバクタプルへはバスで30分ということであったが、本数が少なく、1時間に1便程度しかない。
ちょうど出発してしまったらしいので、歩いて向かうことにする。
歩いても1時間程度の下り坂であるし、なにより農村の風景を見ることができる。
農村の子供たちの写真を撮りながら、バクタプルへ。


バクタプルはカトマンズ、パタンと並ぶカトマンズ盆地三大古都の一つなのだが、他の二つとは全く違い、昔ながらの情緒が存分に残っている場所であった。
車もほとんど走っておらず、外国人旅行者が少ないためか、客引きというものもいない。
ネパールの古き良き文化を体感するにはここがベストではないだろうか。
かなり町の規模も大きく、素焼きの壷作りからタンカ作成まで様々なものを見学することができるし、カトマンズのように売りつけようという意思も見られず快適である。
昔にタイムスリップしたような感覚を味わうことができる。
また、バクタプルには王様のヨーグルト「ズズダヒ」というものがあり、休憩がてらカフェで食べることもできる。



明日、タイに向かうことに決めたので、今日がネパール最後の日であるが、満足してカトマンズに戻る。
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- 2008/03/20(木) 00:09:32|
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カトマンズからバスで一時間半ほどの場所にダクシンカリというヒンドゥー教の女神カーリーを祭った寺院がある。
そこで、ヤギなどを週に2回生け贄に捧げるらしいということを聞き、見に行ってみることにした。
ダクシンカリはバスで一時間半ほどの場所にあるのだが、途中から地元の人がヤギやら鶏やらをバスに持ち込んできて、バスが満員になってしまった。
動物の鳴き声でうるさいし、臭いし、満員できついバスの旅である。
何でバスに動物を連れ込むのだろうと考えていると、どうやらそれを生け贄にするらしい。
寺院に到着して、生け贄場に行ってみると、やはり先ほどバスに一緒に乗っていたヤギや鶏が生け贄にされている。
ここでは、一気に首を切り落とすのではなく、ナイフで少しずつ切り、その後血をかけて生け贄として捧げるという方法であった。
先ほどまで一緒のバスに乗っていた動物が殺されるのを見ても気持ちが良いわけがない。
なんだか楽しいというものではなく、見れたので良かったかな程度でカトマンズへ戻ることにする。

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- 2008/03/19(水) 22:11:30|
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カトマンズ地区からタクシーで20分ほどのところにあるパタン地区へ行ってみた。
ここもガイドブックによると有名な場所らしい。
しかし、スワヤンブナートでの件から、ネパールのどこを見ても面白く感じないし、カトマンズに比べるとさびしい雰囲気が出ており楽しめなかった。
規模も小さく見所も少なかったような気がした。
ネパール自体は見所も多いのだが、チベットと比べてしまうとあまり面白く感じられない。
早々に町を後にする。

夜、タメル地区の食堂に行くと日本人のおじさんに話しかけられた。
どうやらNGOの人らしく、NGOの活動でネパールに来ているらしい。
NGOをやっている人なので、いい人なのかと思いきや、話しかけてきた理由は
「マリファナの吸い方教えて欲しいんだけど」
とのことであった。
意外だった。
その人と夕飯を食べながらいろいろ話していたのだが、
「NGOなんて自己満足極まりない。ネパールには数多くのNGOがやってきているけれど、ほとんどはカトマンズかポカラなどの大都市から日帰りできるところにしか行かない。実際に本当に支援を期待している貧しい村になんて行くNGOはほとんどない。」
とのことであった。
旅をしていると、普段巡り合えない人と会うこともできるし、さまざまな話も聞くことができるのも醍醐味の一つのように感じる。
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- 2008/03/18(火) 21:03:35|
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カトマンズ初日、まずはダルバール広場へ向かうこととする。
カトマンズは驚くほど物価が安く、お湯シャワー付き(共同)シングルで1泊150円ほどだ。
当然土産物も安い。
ダルバール広場には多くの露天もあり、冷やかしながら歩いて周る。
ダルバール広場は、何か一つが飛び抜けてすごいということはないが、全体的にいい雰囲気を持ったエリアだった。
15時〜16時頃にヒンドゥー教徒やチベット仏教徒らから「生き神」として崇められる少女クマリが、団体客の要望にこたえて窓から顔を見せるということで、どさくさにまぎれてクマリの館に見に行ってみた。
できれば写真を撮りたかったが、硬く規制されており無理だった。
窓から顔を出したクマリはただの子供。
まあ、とりあえず見れたので満足して、宿のあるタメル地区へ。
この地区は、旅行者が集まる地域で、安宿から中級宿、旅行会社、食堂などが数多く集まっている。
ネパールは、おいしい日本料理が食べられることでも有名であり、有名な「桃太郎」や「味のシルクロード」などに行ってみたがどこも日本とそん色ないくらいうまかった。
韓国料理屋などにも行ってみたが、これまた外国で食べるものとは思えないほど良い味だった。
物価も安く、飯もうまい。
カトマンズは疲れを癒すには絶好の場所のようだ。



さて、カトマンズを歩いていると多くのネパール人が「ガンジャ」、「ハシシ」、「チョコ」、「マリファナ」などと話しかけてくる。
どうやらここはそれらが安く入る名所なのだそうだ。
町を歩いていても、土産物屋に入っても、買うように薦めてくる。
値段は、グラムなどはよくわからないがそれなりの量で5〜8ドルくらいのようだった。
日本だといくらくらいなのだろう?
ネパールではかなりいろいろな場所に野生のマリファナが生えているということも教えてもらった。
カトマンズにおけるメインの見所は、スワヤンブナート、ボダナート、パシュパティナートだろう。
スワヤンブナートはカトマンズを一望できる見晴らし場所になっている。
ここはモンキーテンプルとも言われているらしく、数多くの猿がいる。
せっかくなので頂上まで上ってみることにする。
意外に厳しく、疲れたが見晴らしには満足することができた。
しかし、ここで貧しい国ならではという経験をすることとなる。
スワヤンブナートの頂上に行った時からずっと小さい子供に付きまとわれていた。
はじめは相手をするのが面倒で、適当に答えていただけだったが、それにしてもしつこい。
結局1時間以上付きまとわれてしまった。
しかし、途中で勝手に道案内をしてくれたりと、まあ全然必要なかったのだけれど、それなりに時間もつぶすことはできた。
ただガイド料を請求されるのは嫌なので、あらかじめ
「ガイドは要らない」
と強く言っておいた。
結局、周辺すべてを観光するまで着いてきた。
ちょうど喉が渇いたのでコーラでも飲もうとすると、
「ガイド料をくれ」
と言い出す。
あらかじめガイドは要らないといっておいたのだから、はっきりと拒絶するも、ずっと着いてきていたし、時間つぶしにはなったのでコーラくらいおごってあげるかと思い薦めてみるも、
「それは要らない」
とのこと。
「それよりも欲しいものがある」
ということで、何か聞いてみると、なんと赤ん坊用の粉ミルクである。
「赤ん坊が要るが、食べるものがない」
からとのことであった。
当然コーラよりはずっと値段も高いし、買ってあげる理由もないので、
「コーラ以外は駄目だ」
と伝えると、散々文句を言った挙句、帰っていった。
粉ミルクなんて買ってあげる義理はまったくないし、買ってあげる必要はなかったと今でも思ってるけれど、なんだかとても後味が悪く、気持ちが沈んでしまった。
おそらくあの子供も嘘なんてついていないだろうし(粉ミルクなんて欲しがったわけだから)、あんなに小さい子(小学校1〜2年くらいだろうか)が赤ん坊用の粉ミルクを買ってくれと旅行者に頼まなければならないこの国の貧しさを目の当たりにしてしまった。
一方、タメルに行けば、旅行者が毎晩酒盛りをしているのにである。

この後、チベット仏教の聖地の一つボダナートやシヴァ神を祭るネパール最大のヒンドゥー教寺院パシュパティナートなども見学したが、いまいち気分が盛り上がらず、ネパールにいてもあまり楽しいと感じなくなってしまった。
早くこの国から抜けようかななんて考えてしまう。

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- 2008/03/18(火) 00:09:55|
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チベットにいるときから、マオイストの動きが活発になっており、国境が封鎖されるかもしれないとの噂を聞いており、心配していたが国境は無事通過。
初の陸路国境越えである。
この国境では、橋を境に国が別れるようなのだが、写真を撮っていたら怒られた・・・。
国境のゲートでは、日本人はすんなり通過できたものの、現地の人は檻のような門の中に閉じ込められ厳重にチェックをされてからの通過となっており、日本という国籍でラッキーだったなと感じた。
ちょっとしたゲートを越えただけにも関わらず、町の雰囲気はかなり変わり、なんだか日本の田舎にきたような雰囲気だった。

しばらく歩いていると、タクシーがおり、ランクル仲間でチャーターしてカトマンズに向かうことにする。
まだ昼にもなっておらず、夕方にはカトマンズに着けるのかなとまずは一安心。
しかし、ここからが苦難の連続だった。
しばらく進んでいると、突然道がなくなっている。
当然車は進めず、大渋滞になっている。
どうやら待つしかないとのことである。
まわりに鉄砲を持って軍服を着た人が何人か歩いており、はじめは日本の自衛隊のような役割の人で、崖崩れが会ったため安全を守るために来たのだと思っていた。
しかし、周りの人の話を聞いているうちに、彼らこそがマオイストだということが判明。
崖崩れで道が崩れたのではなく、マオイストが道を爆破したというのだ。
なんてタイミングの悪い・・・。
結局、3時間ほど待ち、建機が到着し、どうにかマオイストエリアを突破。
すっごく疲れたけど、現地の田舎の人とも触れ合え、マオイストも間近で見ることができいい経験になった。

さて、いよいよカトマンズに到着・・・と思いきや車がパンクした。
応急処置でタイヤ交換をし、修理をしにいく。
まるで自転車のパンクのときのようにシールを貼って直している。
1時間以上ロスして出発。
こんどこそカトマンズへ・・・と思いきやまたもやパンク。
おいおい勘弁してくれよと。
ただでさえ疲労困憊なのに、明かりすらないど田舎の修理屋にまたも向かう。
ここでも1時間以上のロス。
結局カトマンズへは22時近くになってようやく到着。
とにかく疲れた。
朝から何も食べていないため、ネパール名物ダルバートを食べに行く。
お代わりし放題で安くて、うまい。
宿に向かい眠る。
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- 2008/03/17(月) 23:06:36|
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チベット最終日、早朝からネパールと中国の国境へ向かう。
この日の移動距離はさほど長くはないのだが、なぜ早朝発なのかというと、どうやらランクルのドライバーが昼には国境に着いて、客待ちをしたいかららしい。
途中、きれいな風景を見ながら、最後のチベットを目に焼き付けて移動する。
途中、標高8013mのシシャパンマを眺めながら、一気に下っていく。

ニャラムという村を経由した。
ここでチベットの有名な詩人ミラレパが修行していたというミラレパ寺院を見学。
この辺りに来ると、標高もかなり下がってきているため、景色の中に緑色が増えてくる。
ネパールに近づいているのだと実感することができた。
ニャラム自体は、日本の田舎の温泉街といった様子。

さらにランクルで進む。
ニャラムは標高3750mなのだが、その後わずか30kmの道のりで一気に標高2350mまで下り、国境の町ダムまでやってきた。
途中からは、緑あふれる景色に変わり、天然の滝がいたるところに現れはじめた。
ランクルが走っている道路上にも、滝や川があり、ちょっとしたアドベンチャー気分であった。
ダムの町が見え始めたところで、ランクルを降りる。
ランクルに乗ったまま、ダムのチェックポイントを通過すると、一人当たり500元獲られると聞いたためである。
チェックポイントのおよそ2km手前から歩く。
重い荷物を背負い、川などを越えながらいくのでかなり体力的に厳しいかと思ったのだが、高地から来たためか息が全然切れない。
体が、高地トレーニングをした後のようになっていたのかもしれない。
チェックポイントでは、
「ニャラムから歩いてきた」
と言い張り、相当疑われるもどうにか通過。


国境の審査へと進む。
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- 2008/03/17(月) 00:10:14|
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朝早く、宿を出発。
チョモランマ国立公園の入場チェックゲートを過ぎた後、急坂を一気に登り、標高5120mのパン・ラ峠へ。
ここからは念願のエベレストを見ることができる。
少し雲がかかっているが、山頂もはっきりと見ることができた。
また、エベレスト以外のヒマラヤ山脈もはっきりと見ることができる。
昨日に続き、この辺りはまさに絶景の連続である。

引き続き、ランクルに乗ってチョモランマ・ベースキャンプ(エベレストの中国側)へ向かう。
エベレストとは海外一般に呼ばれている名前であり、中国ではチョモランマ、ネパールではサガルマータと呼ばれているらしい。
ランクルを動かそうとしてハプニングが起こる。
何をしてもエンジンがかからないのだ。
ボンネットを開けて中を調べたり、30分近く奮闘するも状況は変わらない。
しかし、他に車も通らずどうしようもない。
とりあえず、この峠の麓に小さな村があるとのことで、車を下り坂まで押してそこからは惰性に任せて向かうことにする。
車を皆で押し、下り坂に入ると同時に乗り込む。
かなり急な下り坂であり、勝手に加速していくのだが、その際に運良くエンジンがかかったようだ。
その後、車を止めた際にまたエンジンがかからなくなるかと心配したが、どうにか大丈夫なもよう。
結局、予定より2時間近く遅れて、チョモランマ・ベースキャンプ近くに到着。
ロンボク寺の前で車を降り、そこからは馬車に乗ってベースキャンプまで向かう。
夏なので朝方しかチョモランマは見れないことが多いとのことで、朝早く出発したのだが、ハプニングもあり到着が遅れてしまった。
案の定、雲しか見えない。
ちょうど山の部分にだけ雲がかかっているのである。
とても残念。
ただ、チョモランマこそ見えないものの、ベースキャンプまで行くことができたということである程度満足することはできた。
ベースキャンプ自体は、今は夏であり登山シーズンではないことから、人もおらず閑散としていた。


今日中に、ティンリに戻る予定なので、ベースキャンプにはわずか2時間ほどで戻ることにする。
チョモランマ・ベースキャンプに関しては、時期も悪く、また見れなかった場合の予備日も設けておらず失敗だったと思う。
ぜひ、またリベンジしたい。
帰りはトラブルも起こらず、ティンリに到着。
宿にチェックインすると、お湯シャワーがあるとのこと。
ただ、宿代より高い別料金を払う必要があるらしい。
シャワーは浴びたい2人だけが利用することにし、他の人は休むことにする。
が、しばらくするともめている声が聞こえてくる。
従業員(とはいっても子供)とシャワーを浴びた2人がもめているようだ。
どうやら、シャワーがお湯はおろか、水すら出ないらしい。
はじめに少し水が出てきたが、すぐに水が止まっってしまったとのこと。
利用を諦め、部屋に戻ろうとしたところ、従業員が金を払えと迫ってきたらしい。
当然払う必要もなく、無視していたが、なんとしばらくするとナイフを持って脅しに来た。
これには、泊まっていた皆で激怒。
宿ごと変更。
当然、金は払わない。
使ってもいないシャワーで料金を請求してしまい、さらにナイフで脅しに来たがために、5人分の宿代もとれないなんて馬鹿なチベット人だ。
隣の宿に移り、今度こそ休むことにする。
ティンリもシェーカル同様、食堂はあるが、値段はとても高い。
今日も買いだめしておいたカップラーメンで夕飯を済ますことにする。
チベットのカップラーメンはうまくはないが、こんな場所で食べるとなぜかうまいような感じがしてくるのが不思議。
今日も、日の入と同時に就寝である。
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- 2008/03/16(日) 15:39:42|
- 旅日記2004夏(中国・四川省→チベット→ネパール→タイ→カンボジア→タイ)
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今日は、サキャを見学し、その後エベレスト・ベースキャンプの見学の拠点となる村まで一気に進む予定。
朝、シガツェを発ち、途中ラツェを経由して、昼頃サキャに到着。
サキャでは、サキャ南寺を見学。
残念ながら、サキャ北寺は文化大革命で破壊されており、廃墟になってしまっていた。
サキャ南寺では、ちょうど問答修行を行っており、見学することができた。
サキャ南寺は、他のチベット寺院と異なる外観をしており、楽しむことができた。


サキャ南寺を出た後は、シェーカルへ向かう。
途中、5220mの峠ラクパ・ラを通過した際、ランクルを降り、しばし休憩。
5220mということで、かなり寒く、また空気が薄く息苦しいかと思いきや、それほどでもない。
チベタンが集まってきて、金をくれと迫ってくるが、気分が良いため一緒に写真を撮ったりしてしまった。
ここからはヒマラヤの雄大な景色が見渡せ、最高の気分である。
ここからはエベレストは見ることができないのだが、タルチョがはためいており、チベット、さらにはヒマラヤに来たと実感することができた。
今まで生きてきた中で、自然や遺跡を見たなかでは、ここが一番素晴らしかったと思う。
鳥肌が立つような風景だった。
とにかく素晴らしかった。

シェーカルへ到着すると、宿の前でヒッチハイクをしている人たちがいる。
日本人も含め、6人くらいいただろうか。
なかなかうまくつかまらないらしい。
その中に、2人のロシア人の女性がいたのだが、
「私たちはロシア人で寒さに慣れてるから、今日は野宿をする」
とのこと。
標高5000m越えで野宿。
さすが、ロシア人…。
シェーカルまで来ると、食堂はないことはないのだが、値段が異常に高い。
ラサの5倍以上は軽くする。
ラサで買い込んできたカップラーメンで夕飯を済ませることにする。
が、それでは物足りず、ビールだけは調達。
標高が高いこともあり、酔いが廻るのが早い。
電気もなく、日の入りと共に眠る生活だが、この大自然の中では、それもまた心地よく感じる。


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- 2008/03/15(土) 15:09:27|
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朝起きてから、ギャンツェへ向かう。
本来ならば、今日のうちにサキャまで移動してしまいたかったのだが、昨日から日程が押しているため断念。
ギャンツェ見学をしてから、シガツェへ戻ることにする。
朝8時頃宿を出てギャンツェへ向かおうとするも、他の車が邪魔で車が出せないと、ドライバーが不思議なことを言い出し、出発が30分ほど遅れる。
ギャンツェへは1時間半ほどで到着。